25年前の冬、僕は仕事でデトロイトにいた。
当時は、日米の自動車問題があり、はっきり言って、「日本人が居てはいけない町」だった。
それも、ルネサンス・センターのofficeで働き、そして併設されているホテルから通っていた。
つまり、日米自動車摩擦の、アメリカ側の本陣の中にいた。
仕事も、肩身が狭かったが、
日常の生活が大変。
「日本人、金持ち、小柄、やっちまえ!」 そんな、空気が蔓延していた。
常に、気をつけて生活していた。
ある日、ルネサンス・センターのショッピング街で、大柄な黒人が万引きをして
ダッシュして逃げる姿を見てからは、本当に怖くなった。
仕事以外で、「Japanese?」なんて、聞かれると「No, Chinese」と、言っていた。
後にも、先にも、Chineseなんて言って、生活していたのは、デトロイトだけ。
Chineseは、世界中に住み着いているから、ほっておいてくれる。
デトロイトの日常生活では、僕は、中国人になっていた。
冬の寒い時期に、早く日本に帰りたいと、念じつつ仕事に集中していた。
アメリカ人の仕事仲間も最初は、誘ってくれるけど、僕がそこにいることが日常になると
特段の気遣いもなくなり、かつ、残業もしていたから夕食はほとんど一人で食事をすることが多くなった。
日本料理店は、近くにはなかったので、ほとんどセンター内の中華料理店で食べていた。
たまに、マックでハンバーガーとサラダを go toしていたが、、、
赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスの中華料理店はいつもガラガラだった。
テーブル席には、なぜかポップコーンの入ったボールが、調味料と一緒においてあった。
最初は、違和感があったが、数日すると、ポップコーンを食べながらオーダしている自分がいた。
中華料理店では、いつも、ビールを飲んで、いくつかのセットメニューを順番に食べていた。
でも、おいしいと思ったのは、spring rollだけ。
当時は、今のようにインターネットもない。だから、デトロイトでは、日本の状況が全く分からない。
完全に浦島太郎状態になっていた。
会社からの連絡も最初にあっただけで、あとは現地のパートナーと仕事をしてくれだけ。
特段トラブルもなかったので、僕も日本に連絡することはなかった。
無人島に一人でいるような生活だった。
それでも、いくつか、非日常のような事に、遭遇する。
日曜日にデトロイト美術館に行った後、帰りのバスを間違えた時の事。
途中で気付いて、それを運転手に言ったら、「待っていろ」という。
終点についたら、バスには、僕と大柄な黒人運転手だけ。
まじで、やばいと思った。
バスは終点のバスストップから、移動を始めた。どうなるんだろう?
でも、なんと、ホテルに送ってくれた。
日本じゃ、絶対にない。なんか、小さいころからテレビで見ていた、アメリカを感じた。
それとは、逆に、わけのわからない、状態も、、、
デトロイト川を渡るとウィンザー(カナダ)で、バスに乗って簡単に行ける。でも、バスに乗る人はほとんどいない。
古い美しい町並みで有名だったので、日曜日にバスに乗っていき、カナダ側でパスポートを見せたら、そのまま警察のようなところに連れて行かれた。
映画の留置場のような鉄格子もあって、とっても、ビビった。
フランスなまりのわからない英語でいろいろ言われ、「待っていろ」と言われた。何が何だか解らず、30分くらい待っていると。
「いっていいよ」、、、、、、
なんだったのか?
そのあと、ウィンザーの町並みを見たけど、ちっとも面白くなかった。
帰りのカナダ側のバスの待合室は、広いけど、僕一人だけだった。ひっそりしていた。
ふと横を見ると、
白壁に、黒いマジックで書いた、カナディアンクラブウィスキーの落書きがあった。
一人で笑った。やっと、落ち着けたのを覚えている。
3か月も居ると、結局、それなりに、仕事仲間や、ホテルの人達、
いつも食べる中華料理店の英語の通じない中国人ウェイトレス、
そんな人と冗談を言いながら、時間を過ごせるようになった。
でも、日本に帰る日が決まると、うれしくてうれしくてたまらなかった。
ロサンゼルスの親戚に会って帰ることにしたので、デトロイトからロサンゼルスに移動した。
着いた日は、ロスのヒルトンホテルに泊まる事にした。そして、ホテルの日本料理店に真っ先に行った。
今でも忘れない。
「一番搾り」、「冷奴」、「天ぷら」。
僕の食べる姿をみていた日本人のスタッフの女性が、そばに来て、
「ずいぶん、おいしそうに食べますね」と言ってくれた。
3か月ぶりに聞いた、生の日本語だった。
ぐっと抑え込んでいた、心の栓が抜けた。
そして、涙が出てきた。
デトロイト市の破産を知った今日
怖いもの知らずの、25年前の自分、でも、
Chineseと言って、生活していた唯一の町。
気持ちを伝える言葉が、見当たらない。
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